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2008年6月

物申す 第十八回

今回はオリンピック問題で揺れる中国を軸に、正義と悪意を論じます。

 北京オリンピック、心配だね。 物理的に考えて、あらゆる環境をオリンピックまでに整えていくのは大変だろうな。テレビや雑誌の情報からしか判断できないんだが…ある水準まで持っていくのは、想像を絶する莫大な費用がかかるだろうね…。
 甚大な被害を被った大地震の数ヶ月後に、そんな費用をかけて開催する事を 国民は本当に望んでいるのだろうか? 俺にはそうは思えないな! 国際社会の晴れ舞台も大切かも知れないけど、国家の礎は「国民」なんだ。上層部の人間達はそこを絶対に見誤ってはいけないゾ! でなきゃ誰もついてなんか行きやしないんだから。
0806191 聖火リレーの妨害もどうしたものか。俺もチベット問題を糾弾するデモや反対活動は多いに結構だと思う。ここに「正義」がある、と思うならば声を大にして叫ぶべきだろう。当事者に突き刺さるほどに激しく行動する時も必要だと考えてはいる。しかし聖火リレーを妨害されて怪我したりするのは、当事者とはほど遠い「平和を愛する」各国のランナーではないか? しかも「力」による圧政に反対するのに「力」は絶対にダメだろう。
 後は毒入り餃子事件は未だに尾を引いているな。所謂メディアを見ると「中国が悪い」みたいな風にとれる報道が多いような気がする。でも、よく考えてみると別に中国という国家がやってるわけじゃない。どこかの誰かがやっている「個人的な犯罪」だろ? だから、日本対中国という形で国を恨むのは実に愚かしい。どこの国ににだって良い奴も悪い奴もそれぞれいるだろうさ! 俺は、もっともっとパーソナルに見ていきたいと思う。
 そして今、俺が一番に見てみたいのは中国のロックバンドやパンクバンドだね。本来ロックが反体制的であった時代の様に命がけでロックをやっているヤツがいるだろう。それが今後、人を動かしたり国を動かしていくかも知れないぞ。
 そもそも、正義と悪意の問題って非常に難しい。正義か正義じゃないか、この判断は簡単にはできない。文化って成長すると精神が成熟するだろう? そうすると「イジワル」で自分のアイデンティティを 確認したい人が増えてくるんだろうな。他人を陥れて自分が優位に立つ。そこで自分の「正義」を振りかざすワケだ。
 捕鯨船を攻撃するニュースを見たけど、あれも同じ。あそこまでする必要があるのか? 捕鯨船、どんだけ悪いんだ? 海賊じゃないんだから! 食文化の違いはお互い様だろ? 牛は殺してOK! 鯨はダメ! 誰が決めたんだ? しかし、そこで自分なりの正義を持って攻撃している人たちは、単純に快感なんだろうな。こっちはいい迷惑だよ。 学校でも1人イジメるヤツを見つけると、周囲に連帯感が生まれる。凄く良く分かるよ。人間って嫌な生き物だな。イジメる側は、ヘタすりゃ自分が正しくて正義のつもり。でも、そこに正義はまったくない。そんなことをしている時間が無駄だということに、いつか気が付くだろう。本来ならば、人のことをかまっている時間なんてないはずだ。自分の楽しいことやるために、俺は、まったく時間が足りないぞ!

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